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めし、風呂、それから慶應通信、鷗外全集読むかも

「ロッキード」とマキァヴェッリ

3連休最終日。曇り空で気温もぐっと下がっているものの、まだまだ人出が多いなあ。人出が多いからって単純には悪いとは言えないが。この寒さは散歩するにはいいくらいかもしんない。キャンプをすると近代住宅の有り難さをよく感じられるが、暖房に慣れきってしまう自覚があると、ちょっと外出してみたくなる。

真山仁ロッキード』(文藝春秋)が、届く。分厚いなあ。週刊文春連載時から単行本化をとても楽しみにしていたが、ようやく一冊にまとめられた。
数年前に、〈宰相・田中角栄〉の再評価ブームがあって(文藝春秋本誌なんぞはその流れに乗って特集を組んでいたが、その大半は懐古趣味に彩られた、まあひどい内容だったよね)、「じゃあロッキード事件はどうなんだよ」と個人的には思ったものだが、それに答えてくれるようなコンテンツは見当たらなかったと記憶してる。
一時は、卒論のテーマにも考えたのだが、コトの大きさにたたらを踏んだ。

ロッキード

ロッキード

  • 作者:真山 仁
  • 発売日: 2021/01/13
  • メディア: 単行本

この本、あまりに分厚いのだが、さすが小説家、わりと読みやすい。
パラパラとめくっていたら、立花隆のいわゆる「田中角栄金権論文」に発した顛末のところに目が留まった。
思いも掛けず、そこにはマキァヴェッリの言葉が紹介されていた。

そして多くの人は、立花隆児玉隆也による渾身のノンフィクションによって、角栄は葬られたと考えるのではないだろうか。
だが、立花本人は、自らのレポートが「田中退陣の必要条件の一つであったことは否定できないが、十分条件でなかったことはたしかである」と『田中角栄 研究 全記録』の中で記している。では、彼の追及以外にどんな十分条件があったのかについては「これがどうもよくかわらない」ともある。
それでも、一つの興味深い憶測を提示している。

《『君主論』の著者・マキャベリは、金権政治をきびしく戒めている。とりわけ、自前の金で金権政治をとりおこなおうとすれば、必ず自滅するという》

人の心をカネで買うと、その関係性はカネに左右される。しかも、それはエスカレートし、為政者は常にばらまくカネを増やし続ける必要がある。

《自前の金でそれをやっていると、いずれ為政者は政治を利用して金を儲けるという悪政をはじめることになる、とマキャベリはいう。(中略)田中内閣が倒れたのは、金力でつなぎとめていたものが一斉に離反しはじめた結果、自壊したとみるのが正しいだろう》

つまり、金権政治家の宿命こそが、角栄を追い詰めたと、立花は推測している。

君主論』を読む段になったら、上記にも注意してみたい。f:id:zocalo:20210111221414j:plain

というわけで、「戦争の技術」は第1巻を読み終えた。